自宅改造費用について


<本稿の目的>
重度後遺障害事案においては自宅で介護する場合、自宅を改造する必要が生じます。
後遺障害が重度になるほど自宅改造費用は大きくなりますが、損保側は建築士の意見書を証拠として提出し、より安く改造できるという主張をしてきます。
損保が顧問医に加害者に有利な医学的意見書を作成させるのと同じ問題が自宅改造の場面でも起きており、弁護士としてもある程度の建築の知識を有していることが必要です。
本稿は損保の意見書に反論する際の参考となる知識を提供するのが目的です。

<論ずる建物について>
住宅には木造住宅と鉄筋コンクリートづくりのものがありますが、ここでは戸建で圧倒的に多い木造住宅を前提とします。

<車椅子の移動に必要なスペース>
重度後遺障害者は車椅子を使用しますが、基本的にどの程度のスペースがあれば良いかが問題となります。
人が乗って進行する場合は90cmの幅が必要です。車椅子自体の幅は90cm以下ですが、人の体の部分が車椅子からはみ出るのでその点を考慮することになります。
また、同じ場所で回転するのに直径150cmの円の広さが必要となります。

通常の木造住宅の場合、廊下の幅は90cmもありませんので、廊下の幅を広げる必要があります。杖で歩行できるならば良いのですが、車椅子を使用しなければならない場合はまず、廊下が自宅での生活の障害となります。

<自宅改造の目的>
損保側の意見書は実際の改造費用よりも「より安く改造できる筈だ」ということにつきます。もとより費用は重要なことですが、自宅改造で重要なのはそれだけではありません。

まず、介護者の介護負担の軽減効果があるかに注目する必要があります。
自宅改造をする程の場合、障害者は別表第Ⅰ、1級1号の「常時介護」を要する者であることが普通であり、介護者の負担は過酷です。改造費は安いが介護負担の軽減効果が薄いなら改造の意味がありません。

次に障害者の生活の質の確保です。
障害者は自宅で過ごす時間が多くなりますので、囚人のように狭い場所に閉じ込められたままの環境では心身に悪影響があります。重度障害者の心身を健全に保つには、日々の生活が快適であることが求められます。つまり、生活の質の向上が重要となります。
障害者の生活の質の維持のため改造の際に様々な配慮が必要ですが、最小限、求められるのは車椅子の移動スベースの確保です。

<損保側意見書の問題点>
建築士に作成させた損保側の意見書は「より安くできる」ということのみを重視しており、被害者側にとっては到底納得できるものではないのですが、それ以外にも構造上困難な改造案を提示することがあります。
被害者側も建築士に依頼をし、意見書を作成して貰えば良いと思うかもしれまぜんが、わざわざ他人の訴訟に首を突っ込みたがる建築士などいる筈がありません。そのため、弁護士が建築の構造上のルールを可能な限り調べることが必要となります。

<自宅改造の制約>
木造住宅の改造は相当の制約があります。制約を無視すると構造上の弱さを招きますが、そのあたりのことに損保の意見書は無頓着であることが普通です。
まず、除去できない壁や柱があるにもかかわらず、損保側の意見書はそのことを無視していることがあります。 
自宅改造にはどのような制約があるか説明をします。
※このような制約は建築基準法に基づいています。
建築基準法1条は「この法律は、建築物の敷地、構造、設備及び用途に関する最低の基準を定めて、国民生活の生命、健康及び財産の保護を図り、もって公共の福祉の増進に資することを目的とする」と定めています。つまり、法が定める基準は「最低の基準であり」、「国民の生命、健康、財産の保護」が目的ですので、制約を無視することは許されません。

1 壁について
建築中の木造住宅を観察していると柱と柱の間に斜めに部材が入っている部分があるのが分かります。これは地震や風圧などの水平力に対して抵抗するための構造で、「筋交い」とよばれます。
「筋交い」には一方向だけ斜めに部材を入れるものとたすき掛けに部材をいれるものがあります。たすき掛けに部材をいれるほうが構造上の強さが増します。
このような筋交いの入った壁は「耐力壁」と呼ばれています。
損保側の意見書では耐力壁を除去する改造案が提示されることがあります。当然、構造上弱くなり、自宅倒壊の危険性が増すので、適正な改造とは言えません。

壁については、もう一つ重要なことがあります。
家屋が二階建てならば、二階の壁は一階の壁を支えているので、一階の壁の真上に二階の壁があることになります。従って、一階の壁を除去することはできません。

2 柱について
柱には「通し柱」、「管柱」、「間柱」があります。

「通し柱」とは一階から最上階まで一本になっている柱です。土台から軒までつながった柱という言い方もできます。木造住宅においては全体の構造にかかわる柱であり、柱の中ではもっとも重要なものです。
神社や古い民家では「大黒柱」と呼ばれている柱です。
これは抜くことができません。

なお、建築基準法 同法施行令43条5項では「階数が2以上の建築物におけるすみ柱又はこれに準ずる柱は通し柱としなければならない」と定めています。
すみ柱とは建物の四隅の柱ですが、隅にあるとは限りません。
上記の施行令でも「すみ柱に準ずる柱」という表現が使われていますが、これは「ある階ではすみ柱であるが他の階ではすみ柱ではない柱」のことです。つまり、通し柱は家の隅にあるとは限りませんので、設計図で確認する必要があります。

「管柱」とはその階ごとに継ぎ足していく柱です。梁などで中断された柱という言い方もできます。一階なら一階だけ、二階なら二階だけというように階ごとに別々になっている柱です。
「管柱」も「通し柱」と同様、上部の荷重を支える柱であり、構造上重要な柱なので、基本的には抜けません。しかし、構造計算をしたうえで補強等をして構造上問題がないということであれば抜くことは可能です。

「間柱」は壁を固定するための細い柱です。構造上重要でないので抜くことは可能です。

以上の通り、木造住宅では除去できない「筋交いのある壁」、「二階の壁の下にある一階の壁」、「通し柱」、「管柱」があるのですが、これらを改造前の設計図で確認する必要があります。
筋交いのある壁の記号は〇の中に/または×で描きます。
通し柱は〇の中に□です。管柱は□だけです。但し、縮尺1/100の設計図の記号です。縮尺1/50の設計図では□の中に×を描きます。
損保の改造案では「筋交いのある壁」、「二階の下にある一階の壁」、「通し柱」、「管柱」を除去していないか留意するすることが必要です。

以上の通り、木造住宅には構造上のさまざまな制約があるため、好き勝手に改造はできません。そのため、実際の自宅改造は大規模になることがあります。
一方、損保の意見書は概略的な図面を資料とした改造案であり、構造上の制約に留意をしていないので、被害者側はある程度の知識があれば、反論することが可能となります。

<損保側の再反論とそれに対する再々反論>
損保側の反論として考えるのは「筋交いのある壁は除去したのではない。場所を移動させただけだ。移動させた場所に造った壁も筋交いのある壁である」というものです。
この主張に対して、被害者側はどう反論したら良いでしょうか。

耐力壁はあれば良いというものではありません。「壁の量」と「壁の配置のバランス」が求められます。建築確認の対象にはなっていませんが、設計する際には建築士は当然、その点を考慮しています。
「壁量」については建築基準法施行令46条4項では壁や筋交いを入れた軸組を国土交通大臣が定める基準に従って設置することを義務付けています。
「壁の配置のバラン」については建築基準法施行令46条1項では壁や筋交いを入れた軸組を釣り合い良く配置することが義務づけられています。

壁量や壁の配置のバランスが法令に違反しているか否か計算するについては専門的な知識が必要であり、弁護士にできることではありませんが、そもそも損保側の意見書は構造上の問題を考えず、「より安価」という点を重視した改造案ですので、法令に違反している可能性が高いと言えます。
法令に違反していないことの証明責任は損保側にあり、その証明がない限り、損保側の改造案は構造上、安全性が担保されていないと言わねばなりません。
※建築士は実際に設計をする場合は法令や条例に適合するようにしなければなりませんが(建築士法18条1項)、意見書を作成する際はそのような義務はありませんので、法令違反の改造案である可能性が高いのです。